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音楽について広く扱うブログ

簡略電子音楽史 ①電子音楽前史―音楽史を辿る

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はじめに

 本記事から始まる一連のシリーズの目的は、ざっと電子音楽の歩んできた歴史を振り返ることである。本シリーズを読むことで、電子音楽史の大体の流れがわかるような記事になることを目標とする。読者がこれをきっかけに、電子音楽への興味、ひいては音楽史への興味を持ってくれたら、これ以上の喜びはない。

  本シリーズでは、電子音楽史を取り上げる。電子音楽史と言っても、ほとんどが西洋の話であり、日本の電子音楽についてはほとんど触れないことを、ここに断っておきたい。日本電子音楽史については、また別の機会に記述することにする。また、電子音楽の歴史はそこまで長いものではないから、記事数はそれほど多くならないと思われる。本シリーズでは、1900年代~2000年代までのおよそ100年間を対象とした。

 記事を執筆する上で留意した点がある。すなわち、マクロ的視点を基本とするということである。電子音楽史上でも最低限押さえておきたい事項の紹介にとどめ、細かすぎる事項に関しては省略した。タイトルにあるように、本シリーズは電子音楽史の簡略版を目指すものである。手軽に読んでもらいたいため、細かく書きすぎて記事が長くなることを極力避けた。人物名や作品名は、一部を除き原語表記にしてある。記事の更新は不定期だが、なるべく早くすべての記事がアップロードできるよう努力していくつもりだ。また本シリーズは、筆者の調査内容のメモ代わりの側面もある。新たな資料が見つかったら、その都度記事内容をブラッシュアップしていく予定だ。

 当然、本シリーズを読んだだけでは、電子音楽に関する知識は十分に得られない。ネットで検索すれば、文献は大量にヒットするので、適宜それらを参照して知識を補ってもらいたい。記事の内容は、ある程度知識のある人には物足りないものとなるだろう。対象としては、まったく電子音楽の知識のない人を想定しているので、ご了承願いたい。

 前置きが長くなったが、さっそく本文の内容に触れよう。今回は電子音楽史のプレヒストリーについて扱うが、現時点で書けることは少ない。記事としては面白みに欠けるかもしれないが、電子音楽を語るうえでは、無視することのできない事項である。

 

電子楽器のあけぼの

 電気を音楽に利用するという考えが現れたのは、いつの時代なのだろうか。それについては定かではないが、電子楽器は1700年代から登場する。チェコの科学者 Václav Prokop Divíšek(1698-1765)が発明した「Denis d'or」は、史上初の電子楽器とも言われている。発明された詳しい日時は明らかになっていないが、17世紀半ばには存在していたようだ。電子磁石を用いて、弦を振動させて音を鳴らす仕組みであり、後年のオーケストリオンの原型とも言える。790の弦を持ち、130種の音色が出せたという。しかし、楽器としてのクオリティは低かったとも、演奏者に電気ショックを与えるための悪ふざけの装置だったとも言われている。「Denis d'or」に関しては、まだわからないことが多く、ミステリアスな楽器である。

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Václav Prokop Divíšek

 1759年になると、イエズス会士で科学者のJean-Baptiste Delabordeが「Clavessin électrique」を発明する。「Denis d'or」よりも、「Clavessin électrique」の方を史上初の電子楽器と見なす論もある。この楽器は、凧を使った実験の逸話で有名なフランクリンの、「Franklin bells(Franklin's bell)」の理論を応用したものである。「Franklin bells」については、わかりやすい解説動画があるので、そちらを参照してもらいたい。

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鍵盤を押すと回路が閉じ、押している間はベルが鳴り続けるという仕組みである。外見は機織り機に似ている。しかし、電気を安定して利用できる技術のない時代であるから、機材トラブルも頻発した。楽器として使うには、あまりにも不安定だったのである。

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「Clavessin électrique」のスケッチ

  18世紀末期になると、音楽界においてベートーヴェンが頭角を現わす。彼は音楽における電気の可能性について話していたとされるが、現在では別人の発言であるとの見方が強い。ちなみに当時は、電流を用いた治療が流行しており、ベートーヴェンも難聴の治療に利用したとされる。

 結局ベートーヴェンは、電子楽器を利用することはなかったし、音楽家の使用にたえるような電子楽器も存在していなかった。しかし、電気を利用して音を鳴らす試みは、18世紀に確かに始まっていたのである。

「Telharmonium」の出現

 振り子時計の発明等で有名なMatthäus Hipp(1813-1893)は、1867年に「電子ピアノ」を発明したと信じられているが、これについてはよくわかっていない。商用に開発したわけではなく、一般には出回らなかったと考えられている。

 

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Matthäus Hipp

  1896年ごろになると、アメリカの発明家Thaddeus Cahill(1867-1934)が「Telharmonium」 を開発する。前述した電子楽器たちと大きく違うのは、一般人にまでその存在が知れ渡った点である。この楽器は巨大で、建物をまるごと一つの楽器として利用している。水力発電による145個のダイナモからサイン波を発生させ、鍵盤で演奏するという仕組みだった。一般に公開されたのは1906年のこと。当時はアンプやスピーカーが存在していなかったため、電話回線を用い、受話器で聴くスタイルをとった。ダイナモと電話を使うことから、「Dynamophone」とも呼ばれる。

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Telharmonium


 しかし、知名度こそ獲得したものの、ビジネスとしては成功しなかった。その理由は、第一にとにかく楽器の規模が大きすぎて運用が難しかったこと、第二にサイン派から生み出される音が不評だったこと、そして第三に一般の電話回線に混線し会話を妨げたからである。「Telharmonium」の実物は現存していないが、音源は残されている。

 19世紀も終わり、電子楽器の技術革新も進んだが、この時点ではまだ音楽界を大きく揺るがすようなことはなかった。しかし、「Telharmonium」は、いわばシンセサイザーの原型とも言えるものであり、後年の電子楽器に与えた影響は大きい。

まとめ

 「Denis d'or」から「Telharmonium」の時代を「The Electromechanical Era」、それ以降の時代を「The Electronic Era」を区分することがある。すなわち、「Telharmonium」までの電子楽器は「Electromechanical Musical Instrument」であり、それ以降の電子楽器は「Electronic Musical Instrument」とする考え方だ。「Telharmonium」までは、どちらかと言えば開発の主眼は電子技術に置かれており、音楽の発展を意図したものではないとも言える。しかしながら、「The Electromechanical Era」なしには、後年の電子楽器・電子音楽の発展はありえなかった。

 本記事は、電子楽器についての記述だけで、それを利用した作品あるいはアーティストについてはまったく書かれていない。それは、これといった資料が残っていないからである。上述のように、電子楽器はまだ発展途上であるから、アーティスト側からしてみれば、それを積極的に採用する理由もない。この時点では、「電子音楽」という概念は、音楽界においては全く浸透していないものだったと言える。

 

次の記事…未定

主要参考文献

David Stubbs. 𝘍𝘜𝘛𝘜𝘙𝘌 𝘚𝘖𝘜𝘕𝘋𝘚:𝘛𝘩𝘦 𝘚𝘵𝘰𝘳𝘺 𝘰𝘧 𝘌𝘭𝘦𝘤𝘵𝘳𝘰𝘯𝘪𝘤 𝘔𝘶𝘴𝘪𝘤 𝘧𝘳𝘰𝘮 𝘚𝘵𝘰𝘤𝘬𝘩𝘢𝘶𝘴𝘦𝘯 𝘵𝘰 𝘚𝘬𝘳𝘪𝘭𝘭𝘦𝘹. Fabar and Faber, 2018.

Emily I. Dolan. Toward a Musicology of Interfaces. 𝘒𝘦𝘺𝘣𝘰𝘢𝘳𝘥 𝘗𝘦𝘳𝘴𝘱𝘦𝘤𝘵𝘪𝘷𝘦𝘴, 5, Westfield Center, pp. 1-13.

Harald Bode. History of Electronic Sound Modification.  𝘑𝘰𝘶𝘳𝘯𝘢𝘭 𝘰𝘧 𝘵𝘩𝘦 𝘈𝘶𝘥𝘪𝘰 𝘌𝘯𝘨𝘪𝘯𝘦𝘦𝘳𝘪𝘯𝘨 𝘚𝘰𝘤𝘪𝘦𝘵𝘺, 𝘝𝘰𝘭𝘶𝘮𝘦 32, 𝘐𝘴𝘴𝘶𝘦 10, Audio Engineering Society, 1984, pp. 730-9.

相原耕治『シンセサイザーがわかる本―予備知識から歴史、方式、音の作り方まで』(Stylenote, 2011)